最高裁判所第一小法廷 昭和39年(オ)1450号 判決 1966年4月21日
上告人
二重作昇三郎
右訴訟代理人
松井邦夫
被上告人
那須三次郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松井邦夫の上告理由一、二について。
一般に、建物所有を目的とする土地の賃貸借契約中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで賃借地内の建物を増改築するときは、賃貸人は催告を要しないで、賃貸借契約を解除することができる旨の特約(以下で単に建物増改築禁止の特約という。)があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合においても、この増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさないため、賃貸人に対する信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りないときは、賃貸人が前記特約に基づき解除権を行使することは、信義誠実の原則上、許されないものというべきである。
以上の見地に立つて、本件を見るに、原判決の認定するところによれば、第一審原告(脱退)橋本ぢんは被上告人に対し建物所有の目的のため土地を賃貸し、両者間に建物増改築禁止の特約が存在し、被上告人が該地上に建設所有する本件建物(二階建住宅)は昭和七年の建築にかかり、従来被上告人の家族のみの居住の用に供していたところ、今回被上告人はその一部の根太および二本の柱を取りかえて本件建物の二階部分(六坪)を拡張して総二階造り(一四坪)にし、二階居宅をいずれも壁で仕切つた独立室とし、各室ごとに入口および押入を設置し、電気計量器を取り付けたうえ、新たに二階に炊事場、便所を設け、かつ、二階より直接外部への出入口としての階段を附設し、結局二階の居室全部をアパートとして他人に賃貸するように改造したが、住宅用普通建物であることは前後同一であり、建物の同一性をそこなわないというのであつて、右事実は挙示の証拠に照らし、肯認することができる。
そして、右の事実関係のもとでは、借地人たる被上告人のした本件建物の増改築は、その土地の通常の利用上相当というべきであり、いまだもつて賃貸人たる第一審原告(脱退)橋本ぢんの地位に著しい影響を及ぼさないため、賃貸借における信頼関係を破壊するおそれがあると認めるに足りない事由が主張立証されたものというべく、従つて、前記無断増改築禁止の特約違反を理由とする第一審原告(脱退)橋本ぢんの解除権の行使はその効力がないものというべきである。
しからば、賃貸人たる第一審原告(脱退)橋本ぢんが前記特約に基づいてした解除権の行使の効果を認めなかつた原審の判断は、結局正当というべきであり、論旨は、ひつきよう失当として排斥を免れない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官の一致で、主文のとおり判決する。(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠)